宮田長吉

宮田の一馬力

昭和初期の結城の町にはたくさんの急坂がありました。水害から市場を守る為に農作物の出荷場はすべて坂上にありました。坂下まではそれぞれの農家が人力荷車や自分の荷馬車で作物を運んで来ますが、道路舗装など無い時代に雨で道が泥濘むとそのほとんどが重い荷を曳いて坂を上ることができませんでした。
そんな時、長吉の元にはこの辺で一番の力持ちと称される一頭の馬がいました。坂下で困った人から応援の声がかかると長吉や子供たちがその馬を曳いて現場に駆けつけ、荷台を繋ぎかえると長吉の馬は掛け声と共に坂をぐんぐんと上って行きます。
馬で曳いたお代を駄賃(※お駄賃という言葉の起源)と言います。
長吉は「地元で困った人に力を貸すのはあたりまえ」と言い坂上げの駄賃はもらいませんでした。そうしていくうち長吉の元には「あの時は世話になった」と他の仕事が依頼されるようになりました。長吉の子供たちはその背中を見て育ち、それが経営理念の礎となりました。時代が変わり代を経てもなおその想いを受け継ぎ、私たちは郷土の為に励んでまいります。古き良き「一馬力の強さ」と共に。

結城市 ミヤタグループ